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えぞももんが

Author:えぞももんが
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夫・長男・次男・わたしの4人家族です。

外に 洗濯物を干せること
半袖のTシャツで 歩けること
緑が濃いこと
花々が咲いていること

毎日 味わって過ごしたい
北海道の夏です。

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緑の森


2017/05/31 16:49 えぞももんが

夏の帽子 入荷しました

自慢じゃないのですが
洋裁・和裁・編み物・・・・・しません
というか できません。

私のあまりの不器用さに母が見かねて

小学校から高校時代まで 家庭科の宿題は
すべて 母が作ってくれて それを提出するという不届き者
しかも それをヨシとしている自分がいる

先生は 
「これは お母さんが 作ってくれた作品だね」と分かっていたので
成績は しっかり悪かった (笑)

でも この歳になると
洋裁 和裁 編み物ができなくても 何とかなるもんだな・・・と 思えています
大丈夫。


そして 四季折々 今も母は 服 パジャマ 帽子・・・等々
せっせと作ってくれています。
申し訳ない。
ありがとう。


この度 夏の帽子 入荷しました
一つは 〝緑の森”風な布 選びました 自分で (笑)
P1050985.jpg
作    実家の母








クルマバツクバネソウ
P1050948.jpg
クルマバとは葉が7枚から8枚 車輪のようについているという意味だそうです。
この花を初めて見た時 花びらが散った後だろうか?と思いました
でも この形が 満開の状態
花びらがなくても
洋裁ができなくても 堂々と!!

2016/11/27 16:30 えぞももんが

12月は・・・。

10月と11月は とくに目立った行事もなく
急いでしなければならない あれこれもなく

まだ真冬ほど 厚着をしなくてもいいので
気軽に外に出られる

考えてみれば 落ち着いて 日々を暮らせる季節

それなのに
ただただ 「あ・あ・・冬が来る」と 嘆き
あわただしく 時間をすごしていた気がします

(毎年の事なんですが)

今週は とうとう 12月
街に流れる 音楽も賑やかで
年内にしておかなければならないことも
たくさんではないけれど ちょこっとあります

でも 
ただただ 「あ・あ・・師走が来た」と 嘆かず

あっという間に過ぎてしまったと 思わないように

温かいものを たくさん食べて
温かいお風呂に入って
本も読んで

イライラしないで 過ごしたいなぁと思う
日曜日の 夕暮れです







クリスマスのリースを 飾りました
P1050206.jpg
作        実家の母
2016/10/04 16:57 えぞももんが

強風の日

風の強い日です

天気は良く 青空も広がっているのですが
たぶん 北の方角だと思うのですが
そちらから 容赦なく吹き付ける風

木々が 宮沢賢治の 風の又三郎に出てくるような
音をたてていました

どっどど どどうど どどうど どどう

自転車に乗っていたら 風にあおられ
ヨロヨロ トトトトトト・・・・と 車道側に よろける

びっくりしました

もう少しで 夕方のニュースに出るところだった・・・・
それからは 自転車を押して 帰路につく。



この風は 本州だと 木枯らし一号と言うのだろうか?
北海道では 木枯らし一号はありません
そういえば 春一番も 北海道にはありません
どうしてだろう。


「いいか これから そろそろ 秋から冬だぞ」と、念を押されているような
冷たい強風のなか
それでも 季節は また 次から次と 巡ってくれる
そう思いながら 帰ってきました




ススキ24本で フクロウ
P1040874.jpg
作     実家の母



そう言えば
どうして 秋の風は 秋一番と 言わないのだろう・・・・





   
2016/09/08 08:55 えぞももんが

えぞももんが 森へ帰る


この夏は 雨が多いせいか
雨上がりの森へ行って ずいぶん蚊に刺されました

ある日は 17か所
それが おさまったころ 
また刺されて 15か所

ジカ熱や マダニの感染症のニュースをよく聞くので
家族に知られたら 強く注意されそう
そうなると 面倒なので
こっそり 刺された箇所に 薬を塗る 日々


息子たちに見つかって
「なんで そんなに刺されてるんだよ
 森へ行ったのか?」と聞かれる

主人がそれを 聞いていて
「そうだ お母さんは いつか森へ帰るらしい」と・・・・・。


娘を育てたことがないので
我が家では 優しい言葉の 声掛けは
ほとんどないんですが

この そっけなさ
突き放された 物言い
放っておかれる 距離感が

けっこう わたしには 合っているようです



いつか 森へ帰る・・・
ククク  それも 悪くないなぁ




秋・冬ものの 帽子 入荷しました
P1040672.jpg
作   実家の母

   
2016/06/23 17:30 えぞももんが

ラジオ深夜便のしっぽより

朝はたいてい 携帯ラジオで
ラジオ深夜便の しっぽの方を 聞いています

4時台は いろんな方の話が聞けます
今朝は先月亡くなられた  作曲家 冨田 勲さんの 
アーカイブス放送でした。

いつもは ラジオを聞きながら ブログを更新したり
家計簿をつけたりするのですが
面白くて じっと 聞き入ってしました。

「きょうの料理」のテーマソングは たった一日で作ったそうです。
昭和20年代のNHKには 劇団横丁という場所があって
そこには 音楽家や作曲家 作家…たくさんの放送関係者が
待機していて 時間が空いているときに 世間話をしていたそうです。
ある日 怖そうな偉い部長さん
「明日から始まる 料理番組のテーマソングを作れ」の、鶴の一声があって
担当者が 劇団横丁に 青くなって駆け込んできて 富田さんに依頼。
初めは 毎回 生演奏だったことも びっくりしました。


子供だった私でも なんとなく 哀愁のようなものを感じた
「新日本紀行」のテーマ曲
拍子木の音を今でも 思い出します
昔 北海道まで 仕事に来ると言えば 夜行列車が一番早かった時代
昼間より 少しゆっくり走る 列車のレールの音は
夏祭りの太鼓の音に リズムが似ていて
そのイメージで  作ったそうです
拍子木を響かるために 非常階段で録音した
エピソードも 想像すると ワクワクしてきました。  



「ジャングル大帝」のテーマ曲
出だしの「ア~~ア~~」の部分、
手塚治虫さんは イメージが違ったらしく 最後まで
難色を示していたそうです
強行突破で そのまま使ったら みんなに評判が良かった。
「でも あの人は 最後まで あれでよかったって 言わなかったなぁ」と
少し笑いながら話す富田さん 

話を聞いていて 昭和という時代は みんなでどんどん作り上げる時代だったこと
ものがない分 知恵を絞ったこと
そして 富田勲さんの あふれ出る才能がすごかったこと
亡くなる直前まで 新しいことが次から次と浮かんで
活動されていたようです

優しさも 茶目っ気も伝わってくる 楽しい時間でした。






母が 七夕の飾りを 40個作りました(笑)
P1040280.jpg
作   実家の母


長男は幼稚園のころ
七夕様の短冊に 「ジュウレンジャーのあか になれますように」と書きました
ちょっと ェッ?となったけど まあいいか・・と思い

次男が幼稚園のころ
短冊に「すいかになりたい」と書いて
まじか??と びっくりしました。