緑の森
緑の公園の近くに住んでいます 季節の流れに沿って生活したいと思っています

選択。


主人の母は小さな港町でひとりで暮らしています。

義父と2人で加工場を営んでいました。

泊原発の防災計画では 避難区域に指定されているところです。

この間 帰った時 テーブルの上に置かれていた
一枚のアンケート用紙
「避難指示が出た時の 避難方法について」

・ 自家用車を使う
・ 近隣の人と乗り合わせて車で移動する
・ 町で用意したバスを利用する

「お義母さん どうしょうか」

「わいは (私は) 逃げない」

この年寄りが 逃げて 新しいところでどうやって暮らす
だから わいは にげない。


週末 NHKスペシャル 「それでも 村で生きる」を見ました。
東京電力福島第一原発から南西30キロ圏にほぼ収まるところに位置する川内村。
事故直後、村全体が避難しましたが 避難指示が解除され 帰村後の今を写した
番組でした。

日々のニュースでは見えてこない
 努力と がんばりと 切ない涙と タメイキが見えました。

絶対に 安全な場所は  どこにも ない
そこが 生まれ育った場所であっても。


P1020017.jpg



ふりむけば 空色の汽車は
いま ドアが閉まりかけて
灯りともる窓の中では 帰り人が笑う
ふるさとは 走り続けた ホームの果て
叩き続けた 窓ガラスの果て
そして 手のひらに残るのは
白い煙と乗車券
涙の数 ため息の数 溜まってゆく空色の切キップ
ネオンライトでは燃やせない
ふるさと行きの乗車券

           中島みゆき  ホームにて  より







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Comment

ふるさと
わたしもお義母さんに近くなったかも知れません。
被災した時に発電所はありませんでしたが
大きなガスタンクがあって
それが爆発するから逃げろという指示がありました。
子どもがまだ小学生だったから
何時間も歩いて逃げたけれど
もうあんなことできません。
海が近いので津波が来たらどうするかは決めています。
そして波が去った後は
どこかへ大移動するのではなくて
公共施設の避難所で体力を温存するって決めています。
何かの災難に巻き込まれるのはうっとおしいことですが、
そういうことがあっても
「ここにいる」そう思える場所があるって
幸せだなあってこの頃感じます。
わたしのふるさとはここなんやなあって。
安全でなくても安心があると
命を全うできるような気がします。
わたしも年とったわ、ふふふっ
2015.03.10 13:05 | URL | ゆるりんりん #- [edit]
ゆるりんりんさんへ
明日は3月11日ですね。
あの日 札幌も今まで経験したことが無いほど揺れました。

義母が 「逃げない」と言った時 ドキッとしました。
でも 逃げないと決めている義母を説得しなければ
ならないなと そうも思っています。
ゆるりんりんさんが 考えているように
「どこかへ大移動するのではなくて
公共施設の避難所で体力を温存するって決めています」
そうしてほしいと そう思う。

ゆるりんりんさん
今日は札幌 雪が降っています。水分の多い雪です。
震災の日 テレビで見つめていた東北も
雪が降っていましたね。
ひとつ ひとつ 思い返して過ごす 今日です。
2015.03.10 15:57 | URL | えぞももんが #- [edit]

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